施設に入った親の家を売ることになったら、最初に片付け業者を探す必要はありません。不動産会社を何社も呼ぶことでもありません。
私が先に確認するのは、この家は誰の名義で、所有者本人は売ることを理解し、自分の意思を示せるのかという点です。
家族の中では「もう売るしかない」と話がまとまっていても、それだけでは進められません。親の家を、子どもが自分の家と同じように処分できるわけではないからです。
私は以前、自分が新人だった頃に購入をお手伝いしたご夫婦の家を、数年後に売却することになりました。
購入までには長い時間がかかりました。何件も一緒に見て、ようやく選んだ家です。久しぶりにお会いしたとき、ご主人は以前とあまり変わらないように見えました。その後、体調を崩して急に弱っていったと息子さんから聞き、ご主人が亡くなった後、奥様が施設へ入ることになりました。
同じ家に、今度は売却を担当する立場で戻ることになったわけです。
家族側の窓口は息子さんでした。売却代金は奥様の施設入居後のために使われました。ただ、息子さんが窓口だからといって、息子さん一人の判断だけで進めてよいわけではありません。所有者は誰か。本人の意思はどうか。兄弟への共有はできているか。売却代金をどう扱うか。似ているようで、全部別の確認です。
施設に入った親の家を売るときは、家の値段より先に、この順番を整理してください。
まだ売却と決め切れていない場合は、空き家になった親の家を売るか貸すか比べる5つの判断材料から、戻しにくい選択を先に比べてください。
家を売る前に、親本人の意思と名義を確認する
登記事項証明書を取り、まず所有者を確認します。家族の記憶や昔の契約だけで判断せず、今の登記がどうなっているかを見るところから始めます。
次に、所有者本人が売却の内容を理解し、意思を示せる状態かを確認します。
ここは仲介会社が都合よく判断してよいところではありません。本人の意思確認が難しいと感じたとき、私は仲介だけで進めず、成年後見の受任経験がある専門家へつなぎます。登記や決済時の本人確認は司法書士、税金は税理士というように、判断する人を分けます。
裁判所の案内では、成年後見人などが、本人が施設へ入る前に住んでいた家を処分する場合、家庭裁判所の許可が必要になるとされています。許可を得ない処分は無効になると案内されています。
「認知症と診断されていないから大丈夫」「家族が全員賛成しているから大丈夫」とは限りません。診断名だけで線を引かず、本人が今回の売却を理解し、意思を示せるかを確認します。
本人の理解や売却権限をどう確かめるかは、認知症の親の家で委任状を書く前の確認順に分けて整理しています。
売却価格より、親のために残る金額を見る
査定額が3,000万円だったとしても、3,000万円をそのまま施設費や生活費へ使えるわけではありません。
これまでの不動産売買実務では、周辺の成約事例と売出物件を調べ、想定される売却価格から仲介手数料、登記費用、住宅ローン残高などを差し引いて、手元に残る金額の目安を整理してきました。税金が関係する場合は、売主に税務署または税理士への確認を案内していました。
最初から一円単位まで出せるわけではありません。それでも、
- 現時点で見込める売却価格
- すでに分かっている費用
- 専門家へ確認しないと分からない費用
- 施設費や今後の生活に必要な金額
を分ければ、「高く売れそうだから売る」という話から、「親の生活に何を残すために売るのか」という話へ変わります。
私は、こちらの方が大事だと思っています。
遠方の家族が、毎回現地へ来る必要はない
親の施設と実家が離れていて、子どもも別の地域に住んでいる。こうした相談は珍しくありません。
私が遠方や海外にいる売主の取引で実際に行っているのは、次のような作業です。
- 鍵を預かり、室内と建物の状態を見る
- 室内や外観を撮影して報告する
- 販売用の写真と広告を作る
- 購入希望者の案内に立ち会う
- 問い合わせや内見後の反応を売主へ伝える
- 価格交渉の内容を整理し、受けるかどうかを確認する
- 契約に必要な資料と書類を準備する
現地へ来られない売主に、「問い合わせがありました」とだけ報告しても判断はできません。
どこを気に入ったのか。何が理由で見送られたのか。価格が問題なのか、建物の状態なのか、引渡条件なのか。次に何を変えるべきか。そこまで伝えて、初めて遠方でも同じ判断材料を持てます。
売主が現地にいないことと、売主が判断から外れることは別です。現地作業は私が代われますが、売るかどうか、価格交渉を受けるか、最終的にいくらで売るかは、売主が決めます。
兄弟の窓口は一人でよい。ただし、決定者とは限らない
兄弟が複数いると、不動産会社からの連絡を全員へ同時に回すだけでも混乱します。誰か一人を窓口にした方が、確認は早くなります。
実際の取引でも、兄弟の一人が家族側の窓口となり、ほかの兄弟が実務連絡を任せる形がありました。
ただし、ここは誤解しやすいところです。
連絡窓口を任されたことと、その人が一人で家を売れることは同じではありません。
仲介会社との連絡をまとめる人、所有者本人、代理権を持つ人、売却代金の使い道を確認する家族。役割を一緒にすると、後で「そんな話は聞いていない」が起きます。
家族内で取り決めた内容があっても、登記簿と実際の書類を確認します。名義変更、贈与、代理、後見、税金が関係するなら、記憶だけで進めず、司法書士や税理士など、その分野を判断できる人へつなぎます。
子どもが家族の窓口になる場合は、親名義の家を子どもが売る前に確認する順番も先に整理しておくと、委任と名義変更を混同しにくくなります。
荷物は全部捨ててから相談しなくてよい
施設へ入った後の家には、家具、衣類、写真、通帳、契約書類などが残っています。遠方の家族ほど、「先に全部片付けないと不動産会社を呼べない」と考えがちです。
でも、先に空にする必要はありません。
まず室内を写真で残し、次のように分けます。
- 本人や家族が残したい物
- 権利証、通帳、契約書など確認が必要な物
- 専門業者へ見せる物
- 売却方法が決まってから処分する物
仲介で一般の買主を探すのか、買取を使うのかによっても、荷物をいつまでに、どこまで片付けるかは変わります。
荷物が残った家の進め方は、実家の荷物を残したまま家を売る手順で詳しく整理しています。
契約と引渡しは、来店せず進められる場合がある
私は遠方の売主と、電話やメールで案内状況、購入希望者の反応、価格交渉を共有しています。
電子契約を使える取引なら、売主が店舗へ来なくても売買契約を結べます。国土交通省の案内でも、相手方の承諾などの条件を満たす場合、不動産取引の書面を電磁的方法で提供できるとされています。
引渡しも、司法書士による事前の本人確認、必要書類、代金の受領方法が整えば、決済日に売主が来なくても進められる場合があります。
ただ、電子契約ができる会社なら安心、という話ではありません。
資産を預ける相手です。どこまで現地対応をするのか。何を、どの頻度で報告するのか。契約と引渡しのどこまで遠隔でできるのか。良い話だけでなく、できないことも説明するか。私はそこを見て選んだ方がよいと思います。
私なら、この5段階で進める
1. 登記と本人の意思を確認する
登記事項証明書で所有者を見ます。本人が売却を理解し、意思を示せるかを確認します。後見などが関係する可能性があれば、売却活動を始める前に専門家へ相談します。
2. 家族の窓口と決定者を分ける
連絡窓口は一人にまとめても構いません。ただし、所有者、代理権、価格を決める人、売却代金の扱いを確認する人は別々に整理します。
3. 家と荷物を、捨てる前に記録する
鍵、室内、外観、荷物、図面、固定資産税の書類、修繕履歴を確認します。重要な物を避け、売り方が決まってから必要な片付けだけをします。
4. 相場ではなく手残りまで出す
売却価格から費用とローン返済額を引きます。未確定の税金や登記費用は、分からないままにせず、専門家へ確認する項目として残します。
5. 現地対応と遠隔対応の境界を決める
鍵、撮影、案内、反響報告は誰が行うのか。契約、本人確認、登記、引渡しはどこまでオンラインで進められるのか。最初に担当を決めておきます。
まとめ
施設に入った親の家を売るとき、急いで片付けから始めると、一番大事な確認が後ろへ回ります。
最初に見るのは、親本人の意思と家の名義です。その次に、家族の窓口と決定者、相場と手残り、家と荷物、現地対応と遠隔対応を整理します。
遠方の家族に代わってできる作業は、かなりあります。けれど、親の家を売る判断そのものまで、仲介会社や窓口の子どもが代わってよいわけではありません。
私は、現地で動くことと、本人や家族に判断材料を返すことを自分の役割だと考えています。
よくある質問
施設に入った親の家を、子どもだけで売れますか?
親名義の家を、子どもだけの判断で売ることはできません。所有者本人の意思と、誰に処分する権限があるのかを確認します。成年後見人などが本人の居住用不動産を処分する場合は、家庭裁判所の事前許可が必要です。
遠方に住んだままでも売却できますか?
できます。鍵の預かり、現地確認、撮影、購入希望者の案内、反響報告などは仲介会社へ任せられます。電子契約や司法書士の事前確認を組み合わせ、契約や引渡しまで遠隔で進められる場合もあります。
認知症の診断がなければ、そのまま売れますか?
診断の有無だけでは決められません。本人が売却内容を理解し、自分の意思を示せるかを確認します。判断が難しい場合は、仲介会社だけで進めず、成年後見に詳しい専門家へ相談します。
兄弟の一人へ任せれば、ほかの兄弟は何もしなくてよいですか?
連絡窓口を一人にまとめることはできます。ただし、その人だけで売却を決められるとは限りません。所有者、代理権、本人の意思、共有者、売却代金の扱いを分け、必要な範囲で家族へ共有します。
家の荷物は、全部片付けてから査定を頼むべきですか?
全部捨ててから頼む必要はありません。先に室内を記録し、残す物、重要書類、専門業者へ見せる物、処分する物に分けます。処分時期は売却方法と引渡条件が見えてから決められます。
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